東京地方裁判所 平成11年(レ)222号 判決
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人は、控訴人に対し、金九万六八九六円を支払え。
2 被控訴人は、控訴人に対し、金一三万七九〇八円に対する平成九年四月二三日から支払済みまで年三六パーセントの割合による金員を支払え。
3 控訴人のその余の請求を棄却する。
二 差戻し後の控訴審における訴訟費用はこれを四分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
三 この判決は、一1、2項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一申立て及び事案の概要等
本件は、控訴人が、株式会社第一外語学院(以下「第一外語学院」という。)に、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を、賃料月額金一八万五四〇〇円、毎月二八日限り翌月分前払い、遅延損害金年三六パーセントの約定で賃貸し、被控訴人は、右賃貸借契約から生ずる第一外語学院の債務の支払を連帯保証したところ、平成二年一〇月分の賃料(以下「一〇月分賃料」という。)が未払であり、かつ、これに対する平成二年九月二九日から平成八年九月二八日までの約定遅延損害金(年三六パーセントの割合による。約定遅延損害金という場合は以下同じ。)四〇万〇四六四円につき、控訴人は平成九年四月二二日、元本に組入れる意思表示をしたとして、平成二年一〇月分の未払賃料金一八万五四〇〇円及び右組入れの意思表示に係る約定遅延損害金四〇万〇四六四円の合計金五八万五八六四円のうち金四〇万円及びこれに対する右組入れの意思表示をした日の翌日である平成九年四月二三日から支払済みまで年三六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
一 前提となる事実関係等
以下の事実は、証拠(甲第一号証の一、第二七号証の二、第四三号証の二、第五四号証、第八四号証、第九二号証、第九四号証、乙第二、第三号証、第六号証)及び弁論の全趣旨を総合すると、容易に認められる。
1 賃貸借契約、連帯保証契約の締結
(一) 控訴人は、第一外語学院に対し、昭和六三年一〇月二八日、本件建物を、賃貸期間二年、賃料月額金一八万円(平成元年四月以降は消費税相当額を含め、金一八万五四〇〇円)、毎月二八日限り翌月分前払い、遅延損害金は年三六パーセントの割合とするとの約定で賃貸した(以下「本件賃貸借契約」という。)。なお、本件賃貸借契約は、平成二年一〇月二七日、終了した。
(二) 被控訴人は、控訴人に対し、昭和六三年一〇月二八日、本件賃貸借契約に基づき第一外語学院が控訴人に対して負う債務の支払につき連帯保証した(右連帯保証契約に基づき控訴人が被控訴人に対して有することになる債権を以下「本件連帯保証債権」という。)。
2 被控訴人による弁済供託
被控訴人は、平成八年六月一七日、控訴人の受領拒絶の意思が明確であるとして、控訴人に対して、一〇月分賃料及びこれに対する平成二年九月二九日から平成八年六月一七日まで約定利率年三六パーセントの割合による遅延損害金三八万一八一三円の合計金五六万七二一二円を弁済供託した(以下「本件弁済供託」という。なお、供託された金員を「本件弁済供託金」という。)。
3 控訴人による元本組入れの意思表示
控訴人は、平成九年四月二二日、控訴人と第一外語学院との間の別件訴訟(東京地方裁判所平成七年(ワ)第二二九九六号)の口頭弁論期日において、第一外語学院の代理人弁護士に対して準備書面を交付することによって、一〇月分賃料に対する平成二年九月二九日から平成八年九月二八日までの約定利率年三六パーセントの割合による遅延損害金四〇万〇四六四円を元本に組み入れる旨の意思表示(以下「本件組入れ」という。)をした。
二 先行する関連訴訟の判決
本件訴訟に先き立ち、以下のような訴訟が提起され、以下のような判決が存在する。
1 東京高等裁判所平成八年(ネ)第三〇八〇号事件、同三三三〇号事件の平成九年一月二二日判決(以下「平成八年(ネ)第三〇八〇号等事件判決」という。)
控訴人は、被控訴人に対し、本件連帯保証債権に基づき、一〇月分賃料に対する平成二年九月二九日から平成五年九月二八日までの約定遅延損害金を平成六年三月三日元本に組み入れたとして、一〇月分賃料及び組入れ元本額の合計に対する平成六年三月四日から支払済みまでの約定遅延損害金等の支払を求めて出訴した(東京地方裁判所平成八年(ワ)第二八四三号事件)ところ、右訴訟の控訴審は、一〇月分賃料に対する平成六年三月四日から支払済みまでの約定遅延損害金請求については本件弁済供託がされていることを理由として、また、組入れ元本に対する約定遅延損害金の請求については元本組入れの意思表示に先き立つ支払催告につき何らの主張をしないから主張自体失当であることを理由として、請求を全部棄却し、右判決は確定した。
2 東京地裁平成六年(レ)第二一号事件の平成九年六月二七日判決(以下「平成六年(レ)第二一号事件判決」という。)
控訴人は、被控訴人を被告として提起した訴訟(東京簡易裁判所平成三年(ハ)第四八四一号事件)の控訴審において訴えを変更し、被控訴人に対し、本件連帯保証債権に基づき、<1>一〇月分賃料、<2>一〇月分賃料に対する平成二年九月二九日から平成五年九月二八日までの約定遅延損害金二〇万〇二三二円、<3>一〇月分賃料に対する平成五年九月二九日から平成八年四月二二日までの約定遅延損害金一七万一三四〇円及び右約定遅延損害金を平成八年五月八日元本に組み入れる旨の意思表示をしたとしてこれに対する平成八年五月九日から支払済みまでの約定遅延損害金の支払等を求めたところ、控訴審は、一〇月分賃料のうち同月一日から同月二七日までの賃料及びこれに対する平成二年九月二九日から平成八年四月二二日までの約定遅延損害金の支払を求める請求部分等を認容したが、右約定遅延損害金のうち元本に組み入れたとする部分(平成五年九月二九日から平成八年四月二二日までの分)に対する更なる約定遅延損害金の請求については元本組入れの意思表示に先き立つ支払催告につき何らの主張がないから主張自体失当であるとしてこれを棄却し、また、一〇月分賃料のうち同月二八日から三一日までの分及びこれに対する約定遅延損害金の請求部分(右約定遅延損害金の一部を元本に組み入れたとしてそれに対して更なる約定遅延損害金を請求する部分を含む。)については、本件賃貸借契約は期間満了により平成二年一〇月二七日終了していることを理由として、これを棄却した。なお、平成六年(レ)第二一号事件判決は、平成八年(ネ)第三〇八〇号等事件判決に遅れて、確定した。
3 なお、控訴人は、第一外語学院に対し、本件賃貸借契約に基づき、平成二年一〇月分賃料及びこれに対する平成二年九月二九日から支払済みまで約定利率年三六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める訴え(東京地方裁判所平成二年(ワ)第一五四七五号)を提起し、第一審において第一外語学院に対し、金一六万一四七七円の支払を命ずる旨の一部認容判決が言い渡された。第一外語学院は、右判決を不服として控訴(東京高等裁判所平成五年(ネ)第一〇三七号)したが、第一外語学院は、平成六年三月三日の第四回口頭弁論期日において、控訴人の請求を認諾した。
三 本件においてこれまで下された各判決の概要
なお、以下においては、一〇月分賃料のうち同月一日から二七日までの分を賃料A部分と、二八日から三一日までの分を賃料B部分と、平成二年九月二九日から平成八年四月二二日までの期間に発生する約定遅延損害金部分を損害金<1>、同月二三日から九月二八日までの期間に発生する約定遅延損害金部分を損害金<2>、平成九年四月二三日以降の期間に発生する約定遅延損害金部分を損害金<3>とそれぞれいうこととする。この関係をイメージ的に図示したのが別表である。
1 一審
控訴人は、被控訴人に対し、賃料A部分、賃料B部分、損害金<1>及び損害金<2>(ただし、これらの合計額のうち金四〇万円)並びに損害金<3>を請求したが、一審は、控訴人の右請求を全部棄却した。
2 差戻し前控訴審(東京地方裁判所平成一〇年(レ)第二三号)
(一) 賃料A部分及びこれに対する損害金<1>の請求部分については、既に勝訴判決(平成六年(レ)第二一号事件判決)を得ているから、訴えの利益がない。
(二) 賃料B部分の請求部分については、既に請求棄却の判決が確定している(平成六年(レ)第二一号事件判決)から、右部分及びこれに対する約定遅延損害金は発生せず、したがって、その元本組入れもあり得ない。
(三) 賃料A部分に対する損害金<2>及び損害金<3>についても、既に請求棄却の判決が確定している(平成八年(ネ)第三〇八〇号等事件判決)。なお、本件弁済供託金がその後取り戻されて供託の効果が消滅したことを認めるに足る証拠はない。
(四) 一審判決中賃料A部分及びこれに対する損害金<1>の請求に係る訴えに関する部分を取り消し、控訴人の右請求に係る訴えを却下し、その余の請求部分については、請求を棄却した一審判決を維持し、控訴を棄却した。
3 上告審(東京高等裁判所平成一〇年(ツ)第六〇号)
(一) 本件弁済供託金取戻しの事実に関し書証(法務局供託官作成の証明書)が提出されているのに、その記載内容の真否や右書証の存在にもかかわらず本件弁済供託金が取り戻されていないとする特段の事情の有無等について審理判断することなしに、右取戻しの事実を認めるに足りないとした差戻し前の控訴審の判断は、審理不尽、採証法則ないし経験則に違背する違法がある。
(二) 上告人の訴えを却下した部分に対する上告を棄却したが、上告人の控訴を棄却した部分を破棄し、この部分につき、東京地方裁判所に差し戻した(なお、上告審は、訴訟費用についても裁判をし、訴訟の総費用はこれを二〇分し、その一を上告人の、その余を被上告人の各負担とした。)。
三 控訴人の申立て及び当審における審理の範囲
1 申立て
(一) 原判決を取り消す。
(二) 被控訴人は、控訴人に対し、金四〇万円及びこれに対する平成九年四月二三日から支払済みまで年三六パーセントの割合による金員を支払え。
2 当審における審理の範囲
前記のように、控訴人のした上告に対し、上告審は、上告人の訴えを却下した請求に係る部分についての上告を棄却し、その余の請求を棄却した部分につき、当審にこれを差し戻すとしたから、当審に差し戻され、当審の審理の対象となるのは、訴えを却下された部分を除いた請求部分、すなわち、賃料B部分及びこれに対する損害金<1>、損害金<2>、損害金<3>部分及び賃料A部分に対する損害金<2>、損害金<3>及び本件組入れに基づく損害金<1>及び損害金<2>の組入れ分に対する損害金<3>部分ということになる(もっとも、上告審判決の理由中では、「原判決中一〇月分賃料のうち認容賃料分に対する平成八年四月二三日から同年九月二八日までの約定遅延損害金及び平成九年四月二三日以降の約定遅延損害金の請求を棄却した部分は破棄を免れず」と賃料A部分及びこれに対する損害金<2>、損害金<3>及び組入れ分に対する損害金<3>部分のみを差し戻すとしているように読め、主文と差戻しの範囲が異なるようにもみえるが、差戻しの範囲については主文に従うこととする。)。
第二主たる争点
一 本件弁済供託に係る供託金は取り戻されたか。それにより弁済供託の効果は覆滅したといえるか。
二 本件組入れの意思表示は元本組入れの意思表示として効力を有するか。
(控訴人の差戻し後の当審における主張)
元本組入れの意思表示が有効となるためには、まず支払催告がされ、その後組入れの意思表示がされる必要があるとしても、控訴人は、被控訴人に対し、被控訴人を相手方とする従前の訴訟の場において、平成二年一〇月分賃料に対する平成二年九月二九日から平成八年九月二八日までの約定遅延損害金について裁判上の請求をし、もって右遅延損害金について支払の催告をしたものであるから、本件組入れの意思表示は有効である。
(被控訴人の主張)
控訴人の主張は争う。
なお、民法四〇五条の支払催告や元本組入れの意思表示は、口頭弁論期日における準備書面の交付によってなすことはできず、訴訟外においてされる必要がある。また、訴訟代理人の権限は、民事訴訟法五五条一項の権限及び二項の特別委任事項に限られ、被控訴人の訴訟代理人には、そのような実体法上の法律効果が生ずる意思表示を受領する権限が与えられていない。
第三当裁判所の判断
一 賃料B部分の支払を求める請求部分については、控訴人と被控訴人との間には既に請求棄却の確定判決が存在する(平成六年(レ)第二一号事件判決)ところ、右事件の口頭弁論終結後に生じた新たな事実関係についての主張はないから、右判決に従い、これを棄却すべきである。そして、前記前提となる事実関係等(第一、一)記載のとおり、本件賃貸借契約は平成二年一〇月二七日に終了しているから、賃料B部分の支払債権の存在を前提とする遅延損害金請求(賃料B部分に対する損害金<1>、損害金<2>、損害金<3>)及び右損害金<1>、損害金<2>を元本に組み入れたことを理由とする右元本に対する遅延損害金(損害金<3>)請求についても、いずれも理由がないことになる。
二 賃料A部分に対する損害金<2>、損害金<3>の支払を求める部分について
1 平成八年(ネ)第三〇八〇号等事件判決は、本件弁済供託の存在を理由に、一〇月分賃料に対する平成六年三月四日から支払済みまでの約定遅延損害金の支払請求を棄却しているから、賃料A部分に対する損害金<2>、損害金<3>の支払を求める部分については、既にこれを否定する確定判決が存在することになる。
2(一) もっとも、証拠(甲第九二号証、第九四号証、乙第七号証ないし乙第一二号証)によれば、控訴人は、控訴人の被控訴人に対する左記の金員の支払請求権に基づいて、本件弁済供託金について被控訴人が有する取戻請求権を差し押さえ、平成一〇年三月一三日、本件供託金全額を取り戻した事実が認められる。右は、平成八年(ネ)第三〇八〇号等事件の口頭弁論終結後に生じた事実関係であることが明らかであるから、右により本件弁済供託の効果が覆滅されるなら、右判決の既判力とは抵触しないことになる。
記
ア 東京地方裁判所平成九年(ル)第三三四三号事件
<1> 金二万六〇〇〇円(ただし、東京地方裁判所平成八年(ワ)第一一五九五号損害金請求事件の判決表示の金員二万六〇〇七円の内金。)
控訴人と第一外語学院との間の動産仮差押申立事件等に関する平成八年一〇月八日付訴訟費用額確定決定によって確定された訴訟費用請求権を主たる債権とする、本件連帯保証契約に基づく連帯保証債権。
<2> 金一六五六円
<1>に対する遅延損害金。
<3> 金七九五〇円
差押執行及び執行準備費用。
イ 東京地方裁判所平成一〇年(ル)第一四七八号事件
<1> 金一六万一四七七円(ただし、平成六年(レ)第二一号事件判決二項表示の金三三万五八七二円の内金。)
賃料A部分
<2> 金一七万四三九五円(ただし、平成六年(レ)第二一号事件判決二項表示の金三三万五八七二円の内金。)
<1>に対する平成二年九月二九日から平成五年九月二八日までの遅延損害金(賃料A部分に対する損害金<1>の一部)
<3> 金一四万九一四〇円(ただし、平成六年(レ)第二一号事件判決三項表示の金員。)
賃料A部分に対する平成五年九月二九日から平成八年四月二二日までの遅延損害金(賃料A部分に対する損害金<1>の一部)
<4> 金五万九四三〇円(ただし、平成六年(レ)第二一号事件判決五項表示の金員。)
控訴人と第一外語学院との間の別件訴訟に関する平成八年三月二九日付訴訟費用額確定決定によって確定された訴訟費用請求権を主たる債権とする、本件連帯保証契約に基づく連帯保証債権。
<5> 金五六一七円
<4>に対する平成八年四月一〇日から平成一〇年二月一八日までの年五分の割合による遅延損害金。
<6> 金八一〇〇円
差押執行及び執行準備費用。
ウ 東京地方裁判所平成九年(ル)第六二七五事件
<1> 金六万五九四〇円
東京簡易裁判所平成九年(サ)第〇五〇六八号訴訟費用額確定決定申立事件の決定表示の金員。
<2> 金八九〇〇円
差押執行及び執行準備費用。
エ 東京地方裁判所平成九年(ル)第七二八〇号事件
<1> 金二万七五四〇円
東京地方裁判所平成九年(サ)第三二〇五号訴訟費用額確定決定申立事件の決定表示の金員。
<2> 金八九七五円
差押執行及び執行準備費用。
(二) ところで、被供託者である債権者が、供託者の有する供託金取戻請求権を、供託の原因となった債権以外の別個の債権に基づいて差し押え、それに基づき払戻しを受けることも許されるというべきである。これを許すことは債務者の弁済充当の指定権(民法四八八条一項)を侵害することになって許されないとする見解があるが、民法四八八条一項は、債務者が弁済として一定の給付をなす場合について、債務者の意思を尊重して弁済の充当関係を定めた規定であって、債務名義を有する債権者が債務者の責任財産に対して強制執行を行う場合には右規定の適用はなく、民事執行法等で定められている場合を除き、債務者の責任財産のうちいかなる財産について強制執行を行うかは債権者の自由にゆだねられているというべきであるから、同条の存在は右のような差押え等ができないとする根拠にはならない(特に、被供託者以外の他の債権者による供託金取戻請求権の差押え及び転付命令を認める現在の実務の下においては、債務者が複数の債権者のうちいずれの者にまず弁済をするかの自由に対して制限を加えることを容認しているのであって、このこととの均衡上も、被供託者である債権者と他の債権者とを区別すべき事情は見出し得ないのである。なお、これによって債務者に著しい不利益をもたらすなどの問題が生ずる場合は、信義則や権利濫用の法理により個別に解決を図れば足りる。)。
(三) そうすると、本件では、供託金取戻請求権が差し押えられて、それに基づき本件弁済供託金の払戻しがされているから、本件弁済供託による債務消滅の効果は、遡及的に失われていることになる。
(四) ただし、本件弁済供託金の払戻しにより、以下のとおり充当がされ、本件の債務につき弁済がされていることになる。すなわち、本件供託金(五六万七二一二円)を、法定充当の規定(民法四九一条)に従って、費用(ア<1><2><3>、イ<4><5><6>、ウ<1><2>、エ<1><2>)、損害金(イ<2>、<3>)、元本(イ<1>)の順に充当すると、賃料A部分に対する損害金<1>及び賃料A部分のうち金二万三五六九円分は、平成一〇年三月一三日、弁済によって消滅している(したがって、賃料A部分の残額は金一三万七九〇八円となる。)。
3 そうすると、賃料A部分に対する損害金<2>、<3>についての控訴人の請求が認められるか、検討が必要になる。
(一) この点については、前記のように、被控訴人は、控訴人の受領拒絶の意思が明らかであるとして、本件弁済供託をしたものであるところ、本件で控訴人の受領拒絶の意思が明確であるとするならば、弁済供託の効果が覆滅したとしても、なお被控訴人は賃料A部分について遅滞の責めを負わないということになる(すなわち、債権者があらかじめ弁済の受領を拒絶したときでも、債務者は口頭の提供をしなければ遅滞の責めを負うことになるが、債務者が履行の提供をしても債権者が受領しないことが明確な場合には、口頭の提供すらしなくとも債務者は遅滞の責めを負うことはないと解される。)から、まずこの点を検討すると、前記のとおり、控訴人は、被控訴人に対し、その支払義務の範囲等について訴訟の場で争っていたものの、一〇月分賃料について一貫してその支払を求めていたのであり、本件で被控訴人が履行の提供しても控訴人が受領しないことが明確であったとはいえなかったものというべきである。そうすると、被控訴人が控訴人に対して有効な弁済の提供をしていない以上、被控訴人は賃料A部分について遅滞の責めを免れることはできないものである。
(二) そうすると、賃料A部分に対する損害金<2>(金二万五三二三円)についての控訴人の請求は理由がある。
(三) 次に損害金<3>について検討すると、前記のように、賃料A部分のうち金二万三五六九円分に対する約定遅延損害金は、平成九年四月二三日から平成一〇年三月一三日までに限り発生しているものと認められる。
そうすると、損害金<3>の請求は、賃料A部分のうち金二万三五六九円に対する平成九年四月二三日から平成一〇年三月一三日までの約定利率年三六パーセントの割合による遅延損害金七五五四円及びうち金一三万七九〇八円に対する平成九年四月二三日から支払済みまで約定利率年三六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
4 賃料A部分に対する損害金<1>、損害金<2>を元本に組み入れたことを理由とする平成九年四月二三日から支払済みまでの約定遅延損害金の請求について
(一) 前訴判決の既判力について
(1) 平成八年(ネ)第三〇八〇号等事件判決は、前記のように、元本組入れの意思表示に先立つ支払催告について何ら主張がされていないことを理由として、平成二年九月二九日から平成五年九月二八日までの組入遅延損害金に対する平成六年三月四日から支払済みまでの遅延損害金の請求を棄却している。これは、賃料A部分に対する損害金<1>を元本に組み入れたことを理由とする平成九年四月二三日から支払済みまでの約定遅延損害金請求の一部と重なるもので、その既判力が問題となる。ところで、前記のように、差戻し後の当審において、控訴人は、被控訴人に対し、被控訴人を相手方とする従前の訴訟における裁判上の請求によって、元本組入れに先立つ支払催告の意思表示をした旨主張している。そして、前記のように、控訴人は、被控訴人に対し、東京地方裁判所平成六年(レ)第二一号事件において、一〇月分賃料に対する平成二年九月二九日から平成五年九月二八日までの遅延損害金について裁判上の請求をしていたから、右訴訟の口頭弁論終結まで控訴人は継続して本件組入れの意思表示に先立つ支払催告の意思表示をしていたと認めるのが相当である。そして、右訴訟の口頭弁論終結は平成八年(ネ)第三〇八〇号等事件のそれより後であるから、右支払催告の意思表示は平成八年(ネ)第三〇八〇号等事件判決の口頭弁論終結後に生じた新たな事実に当たることになり、右判決の既判力に抵触することなく、本件元本組入れの意思表示の効力を判断できるというべきである。
(2) また、平成六年(レ)第二一号事件判決は、同じく、平成五年九月二九日から平成八年四月二二日までの組入遅延損害金に対する平成八年五月九日から支払済みまでの遅延損害金の請求を棄却している。これも、賃料A部分に対する損害金<1>を元本に組み入れたことを理由とする平成九年四月二三日から支払済みまでの約定遅延損害金請求の一部と重なる。ところが、本件で、右事件の口頭弁論終結後に生じた新たな事実関係についての主張は特段されていないから、平成五年九月二九日から平成八年四月二二日までの組入れ遅延損害金に対する遅延損害金の支払を求める部分は、右判決の既判力により、理由がないことになる。
(3) なお、賃料A部分に対する損害金<2>を元本に組み入れたことを理由とする遅延損害金の支払を求める部分については、前訴判決の既判力との抵触の問題はない。
(二) 本件組入れの有効性について
遅延損害金についても民法四〇五条を類推適用してこれを元本に組み入れることができると解するのが相当であるが、これを元本に組み入れるためには、債権者が債務者に対してまず遅延損害金の支払を催告し、債務者がこれを支払わないときに別途元本組入れの意思表示をすることが必要である。
本件では、前記のように、平成六年(レ)第二一号事件において賃料A部分に対する損害金<1>について、平成八年(ネ)第三〇八〇号等事件において賃料A部分に対する損害金<2>について、それぞれ請求がされているから、支払催告の要件を充たした上で、元本組入れの意思表示がされたことになる。したがって、本件組入れの意思表示は有効というべきである。なお、被控訴人は、訴訟代理人に対する訴訟における攻撃防御方法としての主張によっては実体法上の意思表示としての効果は生じない旨主張するが、訴訟代理人は訴訟を円滑に追行するため必要な訴訟行為をする権限を有しており、訴訟において相手方の提出した攻撃防御方法に係る意思表示を受領することができるところ、それは単に訴訟法上のものに限らず、実体法上のものであっても(特別授権なしに)可能であると解される。被控訴人の主張は採用できない。
(三) そうすると、控訴人の請求は、賃料A部分に対する損害金<1>のうち平成二年九月二九日から平成五年九月二八日までの遅延損害金(金一七万四三九五円)及び損害金<2>(金二万五三二三円)に対する平成九年四月二三日から平成一〇年三月一三日まで年三六パーセントの割合による遅延損害金(金六万四〇一九円)を求める限度で理由があることになる。
四 結論
以上のとおりであるから、控訴人の被控訴人に対する請求は、金九万六八九六円の支払を求め、かつ、金一三万七九〇八円に対する平成九年四月二三日から支払済みまで約定利率年三六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから、これを棄却すべきことになる。
よって、本件控訴は一部理由があるので、原判決を変更し、主文のとおり判決する(なお、事件の差戻し又は移送を受けた裁判所が事件を完結する裁判をする場合は、訴訟の総費用について、その負担の裁判をしなければならないとされている(民訴法六七条二項)が、本件においては、上告審判決において訴訟の総費用について負担の裁判をしていることから、当裁判所は、右判決と抵触しないよう、差戻し後の訴訟費用について負担の裁判をするにとどめるものとする。なお、控訴人は、当裁判所のした弁論再開決定が違法であると主張するが、当裁判所は、被控訴人の弁論再開の申出を受けて、職権で、判決言渡しを予定していた口頭弁論期日に弁論再開の決定をしたものであり、そこに違法な点はない。)。
(裁判長裁判官 大坪丘 裁判官 本間陽子 裁判官 辛島明)
(別紙)
物件目録
所在 東京都豊島区池袋一丁目五二二番地九
家屋番号 五二二番九の一
構造 木造瓦葺き二階建居宅
床面積一階 一九・七一平方メートル
二階 一九・七一平方メートル
別表<省略>